遷宮特集


第六十二回神宮式年遷宮

 皇室の祖神であり日本人全員の総氏神様でもあられる天照大御神あまてらすおおみかみ様をおまつりする伊勢の神宮では、二十年に一度、正殿しょうでん及び諸社殿を新たに造替ぞうたいし、殿内に奉納する御装束しょうぞくや御神宝しんぽうも全て新調いたします。

神宮

式年遷宮しきねんせんぐうとは?

 神宮には二十年に一度式年遷宮しきねんせんぐうがあります。遷宮とは、新しい神殿を造り、そこに大御神おおみかみさまのおうつりを願うことです。式年しきねんとは、「定めの年」という意味で、二十年に一度とすることを約千三百年前に天武天皇てんむてんのうがお定めになられました。次の式年遷宮しきねんせんぐうは天皇陛下のお定めをいただき、きたる平成二十五年に斎行さいこうされる予定です。

 神道では浄明正直じょうみょうしょうじき、つまり清く明るく、うるわしい心を大切にします。そして神殿は常に清々すがすがしいことを理想とします。私たちの家も新築したばかりは気持きもちがいいものですし、いつまでも新しければと望むでしょう。神宮はできる限りの調度品ちょうどひんや祭器具類を一年中で最も重大な神嘗祭かんなめさいにあたり新調し、神嘗祭かんなめさいが神宮のお正月と言われるくらいですから、できることなら御社殿ごしゃでんまでも新しくしたい。しかしそうもなりませんから二十年に一度の御遷宮せんぐうとなったのです。いわば式年遷宮しきねんせんぐうは『大神嘗祭かんなめさい』と言うことが出来できましょう。


■なぜ二十年に一度なのか?

 二十年毎に御造営ごぞうえいを行うことは、『皇太神宮儀式帳こうたいじんぐうぎしきちょう』(八〇四)に「常に二十箇年を限りて一度、新宮にうつし奉る」と、また『延喜式えんぎしき』(九二七)にも「およそ太神宮は廿年にじゅうねんに一度、正殿宝殿しょうでんほうでん外幣殿げへいでんを造り替えよ」とあります。これが御遷宮せんぐうが二十年に一度、という式年の根拠こんきょとなっているのです。しかし、その理由についてはいずれの古書こしょにも確説がなく、そのため古来から様々な論議ろんぎがなされ、現在でも定説ていせつはありません。

@神宮の社殿はひのき素木造しらきづくり(塗り飾らないで木地のままの材でつくること)で、屋根も萱葺かやぶきである為、常に清々すがすがしく尊厳な姿を保つには、二十年を限度として建て替える必要があるとする社殿の耐久限度たいきゅうげんどによる尊厳保持説そんげんほじせつ

A宮大工、
工匠こだくみなどの伝統技術を次の世代に継承するためには、二十年が最も適当な区切りであるとする世代技術伝承説せだいぎじゅつでんしょうせつ

B旧暦では二十年(正確には十九年七ヶ月)に一度、「
朔旦冬至さくたんとうじ」と言い十一月一日と冬至とうじが重なる事から、原点回帰げんてんかいきの思想が込められているとする暦法による原点回帰説げんてんかいきせつ

C社会的にも、個々の人生の視点からも、およそ二十年を一区切りとして、新しい
転換期てんかんきが訪れるとの歴史観・人生観に立って、その折り目にあたり、皇大御神すめおおみかみ御稜威みいつのさらなる発揮を仰ぎ、国家・社会、国民すべての生命の更新と連続とを祈ることを強調する時代生命更新説じだいせいめいこうしんせつ

D稲の貯蔵年限を定めた「
ほしいい廿年にじゅうねんを支えよ」という倉庫令から、二十年を限度とする遷宮斎行せんぐうさいこうの根拠となったとする稲の貯蔵年限説ちょぞうねんげんせつ

 これらの諸説は、いずれもその根底に、わが国固有の文化・伝統と神宮の
式年遷宮しきねんせんぐうの制度とが極めて強く結びついている点を指摘してきしています。
 結果的にみれば、二十年を周期として行われてきた事が、古代の建築様式や上代の最高の御
装束しょうぞく神宝しんぽう等の調度品類を現在げんざいに伝えてきたのです。しかし、それにもして最も大切な事は、この制度を歴代天皇がお守りになり、それを時代と世相せそうを超えて国家・国民がこぞって賛美さんびし、実に千三百年という長い歳月にわたり継承けいしょうしてきたという、その厳然げんぜんたる事実にあります。



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