月寒忠霊塔慰霊祭


 六十五年前のこの日(昭和十六年十二月八日)、日本は米英に宣戦を布告し、山下奉文中将率いる陸軍第二十五軍がマレー半島の英領コタバル、タイ領シンゴラ、パタニに上陸し、南雲忠一中将率いる海軍第一航空隊がハワイ真珠湾を奇襲し、これを受けて米英蘭も同日中に対日宣戦を布告し、大東亜戦争が開戦しました。
 この日は、全国各地で開戦を記念する式典や戦没者の慰霊祭等が相次いで開催され、札幌に於いては、月寒平和公園内に立つ月寒忠霊塔(大東亜戦争を始めとする戦没者の慰霊碑と納骨堂を兼ねた石塔で、塔内には凡そ四千柱の戦没者の御遺骨が納められています)の前で、午前十時半から戦没者の慰霊祭が斎行されました。
 この慰霊祭は、毎年神式・仏式の両形式により執り行われており、神式の慰霊祭では例年文月会が祭員として助勤の依頼を戴いているため、私にとってこの慰霊祭で御奉仕させて頂くのは一昨年・昨年に続き今年で三回目となります。
 神式による慰霊祭は例年通り、神道政治連盟北海道本部の前田伏樹副本部長兼幹事長が斎主を務め、私は昨年同様玉串後取を務めさせて頂きました。玉串奉奠の際には、参列して戴いた僧侶の方々にも神式の作法に則り玉串を奉り二礼二拍手一礼で拝礼をして戴きました。
 そして、神式の慰霊祭の後に執り行われた仏式の慰霊祭(曹洞宗の僧侶により執行)では、私達神職も参列者の一人として、英霊達の御霊が安らかであることを願って、仏式の作法に則り御遺骨の前で焼香させて頂きました。

 幸いにして近年は、近現代史の見直しが本格的に行われるようになり、新しい歴史教科書をつくる会の運動が多くの人々の支持を得たり、小林よしのり氏の「戦争論」シリーズがベストセラーになったり、また、國神社が良くも悪くもマスコミで大きく取り上げられたことにより國神社が以前にも増して注目されるようになり、その結果多くの若者が國神社や同社内の遊就館を訪れるようになるといった影響から、一昔前に比べると「大東亜戦争=侵略戦争」という誤った認識は徐々に是正されつつある感がありますが、それでも世間にはまだ、「大東亜戦争」という言葉を聞いただけで直ちに「軍国主義」や「侵略戦争」を連想してしまうという、かなり偏った考え方を持つ人たちが少なからずおります。
 「歴史観の違い」と一言で言ってしまえばそれまでなのですが、しかし、我が国の誇りある歴史を後世に正しく伝え、そして、国に殉じた英霊を慰霊すべき立場にある私達神職にとって、大東亜戦争が侵略戦争であるなどという自虐史観に基づく歴史解釈は当然認められません。愛する家族を守るために、自分を生み育んでくれた国や故郷を守るために、“個”を超え若い命を散らして英霊となられた御霊をお慰めするため、私は来年以降も毎年この慰霊祭には奉仕させて頂きたいと思っております。

 ところで、近年、関西などでは神社と寺院が共同で斎行する神仏習合の祭典が増えてきていますが、そういった動きのほとんどない札幌に於いては、神仏習合的な性格が含まれているこの慰霊祭は、神仏習合という観点からもかなり珍しい、注目されるべき祭典といえましょう。
(以上、通信「ふみづき」第18号より転載 / 文責:田頭寛)


↓ 各写真をクリックすると拡大表示されます

月寒忠霊塔慰霊祭   月寒忠霊塔慰霊祭

月寒忠霊塔慰霊祭   月寒忠霊塔慰霊祭



前のページへ戻る   ホームページへ戻る