三月例会「講演会」・退会会員送別会


 三月例会は、今年度退会となりました、北海道神宮今井建権禰宜・三吉神社原田年雅権禰宜・札幌祖霊神社上田祐之禰宜、御三方による御講話を賜りました。いずれも個性溢れる素晴らしい内容で、会場も大いに活気に満ち、参加者にとりましても大変勉強になった事と思います。講演会の後、会場を移動し退会者への慰労を込めて送別会が開催され、文月会からは御三方に記念品が渡され、会員としての最後の例会を和気藹々と過ごして戴きました。
 私は昨年の四月より奉職し、文月会の会員としては一年しか過ごしておりません。この一年間しか先輩方と共に過ごせなかった事が残念でなりませんが、文月会を卒業された後も、いつでも文月会を見守って戴き、叱咤激励を飛ばして戴ければ幸いに存じます。御三方におかれましては、青年神職という立場から更なる上の高みへと邁進なさるのですから、後輩として誠心誠意お慶び申し上げると同時に、心より感謝を申し上げたいと思います。今まで本当にお疲れ様でした。そして、ありがとうございました。
(以上、通信「ふみづき」第18号より転載 / 文責:水野翔互)


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講演会   講演会

講演会   講演会

講演会   送別会



退会会員挨拶


 去る三月十三日には文月会の皆様に送別会まで催していただき誠にありがとうございました。
 私は北海道神宮で育成しておりますボーイスカウトを通して神職になりました。
 ボーイスカウトには「三つのつとめ」というスカウト運動の原理があります。
 一つ目は「他へのつとめ」これは普段の生活の中での礼儀や責任、より良き社会人として生きていくことすべてが含まれます。家の前のゴミを拾うことから、バングラデッシュに井戸を堀りに行くといったことまで。皆さんの目にする活動といたしましては緑の羽根などの共同募金などが「他へのつとめ」です。
 二つ目は「自分へのつとめ」です。これは自分自身が心身ともに健全に成長するように心がけること。要するに自分自身の成長の妨げになるようなことはしない。また、自分自身のニーズや夢の実現のための努力をするということ。医者になりたいのならもっと勉強をする、大リーガーになりたいのなら体を鍛え、日々練習をする。そういったことが「自分へのつとめ」です。
 三つ目は「神へのつとめ」です。意外と知られてないようですが、ボーイスカウト運動では個々人が明確な信仰を持つことを奨励しています。「私は無宗教です」「宗教に興味がありません」という考えはボーイスカウト運動の中では成り立ちません。
 これは神に生かされて生きるといった信仰的な部分から、自然に対する感謝といった部分もあります。いろいろな宗教があり信仰の形も違いますが何かを信仰する心を持つことが「神へのつとめ」ということです。神に対する崇敬の念がボーイスカウト運動の根源にあるということを知っていただきたいと思います。

 文月会を退会するにあたり青年神職の皆さんに申し上げたいのは神職として「三つのつとめ」を果たしていただきたいということです。
 「他へのつとめ」神職としてより良き社会人になる。
 「自分へのつとめ」神職として自分自身で日々成長する。
 「神へのつとめ」神職としての信仰心をもつこと。             以上
これより先の文月会のご発展をお祈り申し上げます。今まで長い間ありがとうございました。
(以上、通信「ふみづき」第18号より転載 / 文責:今井建)



 平成元年、札幌支部青年神職文月会に入会させて頂いてより早十八年の歳月が流れ、私もいよいよ退会する年を迎えました。
 札幌に帰って来た頃には、それまでの留萌支部管内に於ける状況とあらゆる面で異なり、直ぐに適応出来ずにまごついていた事を記憶していますが、諸先輩のご配慮の御蔭で何とかやって来られたように思います。

 文月会の思い出と言えば、我々の世代の会員は誰もが先ず創立五十周年の事業に関われた事を思い浮かべられるのでは無かろうかと思いますが、記念誌を担当させて頂いた私としましては、あらゆる面で配慮に欠けていた自分自身を唯々反省するのみです。殊に、当時の会長であった千歳神社の近藤宮司様、そして事務局を担当されていた手稲神社の山口禰宜様には必要以上のご心配とご苦労をお掛けしてしまい洵に申し訳なかったと心から思っております。面と向かって謝罪らしい事はして居りませんが、この文中にてお詫びを申し上げます。

 十八年間の文月会に於ける活動の中では、江別神社の内田宮司様が会長だった頃、初めて役員の一人に加えて頂き、東京例会やPKOカンボジア派遣第一期施設大隊隊長をお招きしての講演会等の事業を担当させて頂き思い出深いものが在りましたが、私個人と致しましては、私の担当ではありませんでしたが札幌育児園に赴いての園生との交流がとても印象深く好きでした。
 会員が結婚をするに至った折には、皆で集まり余興の練習を重ね、当日の本番では大衆の面前で些かも恥ずかしがらず、一糸乱れぬ見事にして実に滑稽な出し物をお披露目し場を盛り上げた事、誠に素晴らしい事であり文月会ならではだと誇りに思っています。私自身の結婚の際には、妻と話し合った結果極々内輪だけで質素に行なう事に決めて、非礼とは思いながらも文月会会員の方々にはご案内致しませんでした。しかし、当時の内田会長が中心となり弥彦神社の社務所に於いて手作りの披露宴を催して下さった事、誠に感謝に堪えず、今尚温かき良き思い出として胸に残って居り、たまに妻と諍いが起こった時には必ずあの時の事を思い出すようにしております。殊に貴重な時間を割いて新聞「ねまれ」を作製して下さった現烈々布神社の松谷宮司様、弥彦神社の皆様、会長をはじめ役員の皆様には決して忘れてはならない御恩を蒙ったと思っております。

 私はこういう性格ですので、人付き合いも悪く、楽しい事より厳しい事、耳に心地良くないことを敢えて言ってしまう事が多いのですが、先ほど申した事は決して偽りの無い本当の気持ちです。
 物が豊になっていく事は良い事ですが、残念ながら世の繁栄に逆行して個々人の道徳心、礼節、又情緒等次第に失われつつある様子は実に嘆かわしく、殊に子を持つ親の身として考えると、これほど子の将来が心配な予測のつかない世はないと思います。
 才能もバイタリティも旺盛な神職の集まりである文月会の会員の皆さんが、互いの信頼関係を大切にしながらその本分を見失う事無く、時には意見を戦わせ真摯な姿勢でこれからの世の真の繁栄の為に更なる研鑽と努力を惜しまずにご活躍されます事を心から祈念しております。私自身も微力ながら道を踏み過つ事無きよう心懸け、少しでも世の役に立てるようご奉務に励むつもりです。これでお別れではありませんが、文月会としては退会ということとなります。先輩諸兄並びに現会員の皆さん、いままで本当に有り難うございました。
(以上、通信「ふみづき」第18号より転載 / 文責:原田年雅)



 「やっと退会」そんな思いをしています。
 以前は四十二歳で退会を迎えましたが、現在は四十五歳になり特にここ二・三年は、居所が落ち着かないような感じが自分自身の中にありましたが、先輩達もそんな思いを持っていたのでしょうか。
 文月会での事業等を通じて多くの事を勉強させて頂き、更に多くの事を体験できた事は、人生の此の時期において大変有意義でありがたい事でありました。
 近藤先輩が退会された折に、「卒業」という表現をされていましたが、今この機において同じように感じています。  文月会という青年神職の集まりは、私にとって学舎(まなびや)でありました。
 多くの経験と同志との交流は何者にも変えがたいものであったと感じています。
 好きな言葉のひとつに「清々流転」があります。
 すべての物は絶えず変化している。次々と受け継がれ伝わる事。大まかには、そのような意味の言葉です。
 私達は神職として変えてはいけない部分を多く抱えていますが、青年神職にあっては絶えず変化もし、それでいて根源的な事は次々と伝えていく事が大切であると考えています。
 今以上に活動的で元気である文月会が末永く発展されますよう祈念致します。
(以上、通信「ふみづき」第18号より転載 / 文責:上田祐之)




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