三月例会「講演会」・退会会員送別会


 本年度の「講演会」は、退会者でもあられる近藤摩人会員に講師をお願いし行われました。
 演題については当日まで明かされておらず、「どんなお話をされるのかな?」と思っておりますと、先ず出席者を六名程度の班に分け、班毎にゲーム形式の謎解きをするというものでした。ここで重要なのは、この謎解きを通して情報を整理し、答えを導き出し、またその解答まで辿り着いた経緯を、班全員が理解・共有して発表出来るようになることでした。ゲームという形を借りて、楽しみながらも、如何にして外部から多数入って来る情報を処理し、利用するかという組織での動き方が理解し易く、これからも社頭や会で奉仕・活動して行く私達にとって、大変参考になる講演会となりました。

 この後会場を移し、「送別会」となりましたが、諸先輩方はもちろん、新入会員や将来札幌へ戻り、次の世代の文月会を担う神職予備軍の出席もあり、大変盛会となりました。
(以上、通信「ふみづき」第16号より転載 / 文責:齋藤肇)


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正式参拝   講演会

送別会   送別会

送別会   送別会



退会会員挨拶


 暖かい春を迎え、雪解けと共にフキノトウが顔を出し、土の匂い・春の香りが懐かしく蘇ってきました。神社山では木々も芽吹き、小鳥たちが求愛のため雄と雌が美しい声で囀っています。この小鳥たちにももう数ヶ月、青葉の季節を迎える頃には新しい生命の誕生、雛が孵るのです。
 神社の傍らを流れる清流千歳川、太古の水を蓄え四季折々に水の色が変わり、その川の流れを見ていると心洗われます。直線的な流れもあれば蛇行した流れ、時の流れを余所に淀みもあれば急流もあり、山坂を越える我が人生を映し出す鏡のようにいつも見守っていてくれる。この川・山からどれだけの生命の営みが繰り返されて来たのだろうか。命が誕生しまた新たな命を生み出す自然の神秘。
 近くの小学校で、卒業式を終えた卒業生達が校舎を後にする姿が見られました。目に涙を浮かべている子供・はしゃいでいる子供。いつも神社山やグランドで遊んでいた子供達が卒業し、これからどのような人生を歩むのかと、ついつい他人事ではないと見つめてしまうのです。多分親の目で見ているのでしょう。

 先月、市内の会社が、職員の子弟でこの春小学校に入学する家族と共に、季節と人生の節目のお祭りである入学奉告祭に参拝に来られました。学舎を巣立った子供達、そしてピカピカの一年生の誕生。
 そう春の季節、一年の巡り会いのようにやってきます。もう四十五年目の春を迎えました。落ち葉は毎年積み重ねられ、ずっしりと重たくなりそして土に還る。そんな一年一年が絶えず積み重ねられる人生であれば。
 文月会という学舎でこの二十年間、先輩諸兄のご指導と後輩達の支えにより、多くを学び経験させて頂きました。ここで学んだ事は私のこれまでの人生そのものであります。私にとって文月会は自己研鑽・人材育成の場であり、この文月会で学んだ事はこれからの心の支えとなるでしょう。これからも後輩たちが育っていくことを願い、深く感謝申し上げます。

 先日、友人の新築祝いに一升瓶を手に、夜更けまで仕事・家族・世の中など互いに語り合っている中で、「今度青年会を卒業するんだ」と言うと「いい響きだよな。けど人生には卒業なんてないぞ」とうつろいだ目の中で微笑んでいました。
 私は退会ではなく卒業させて頂きましたという思いで一杯です。神職としてまだ見えぬ遠い道。急流にもまれ山道を途中で引き返す時もあるかもしれませんが、さらに熱い人生を目指して。今後とも宜しくお願い致します。   
(以上、通信「ふみづき」第16号より転載 / 文責:近藤摩人)




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